―後戻りを防ぐための「筋機能トレーニング」という選択肢―
矯正治療を受けた方から、時々こんな声を聞きます。
「せっかく歯並びがきれいになったのに、少し戻ってきた気がする…」
この“後戻り”は、矯正治療後に起こりうる現象のひとつです。
原因はいくつかありますが、その中でも見落とされがちなのが『口腔周囲の筋肉の使い方(筋機能)』です。
そこで今日は、MFT(口腔筋機能療法)と矯正治療の深い関係について、解説します。
MFTとは?
MFT(Myofunctional Therapy)は、舌・口唇・頬・咀嚼筋など、口の周りの筋肉を正しく使えるようにするトレーニングです。
主な目的は以下の通りです。
- 舌の正しい位置(舌位)を保つ
→ 低位舌や舌突出癖を改善します。 - 鼻呼吸の習慣化
→ 口呼吸の改善により、歯並び・顔貌・健康に好影響を与えます。 - 正しい嚥下パターンの習得
→ 飲み込み時の舌や唇の動きが、歯列に不要な圧をかけるのを防ぎます。
矯正治療で歯並びを整えても、筋肉の使い方が悪いままだと、その圧力で歯が元の位置に引き戻されることがあります。
矯正治療と筋機能の関係
矯正治療は、ワイヤーやマウスピースを使って歯の位置や顎の形を機械的に整える治療です。
しかし、歯は骨の中にただ置かれているのではなく、舌・唇・頬の筋圧のバランスの中で位置を保っています。
たとえば…
- 舌が常に歯を押している
- 唇が常に強く閉じられている
- 嚥下のたびに舌が前歯を押し出す
こうした筋機能の不均衡は、矯正治療後の歯をじわじわと動かし、後戻りの原因になります。「矯正は建物の骨組みを作る工事。MFTはその骨組みを支える筋肉と習慣作り」というイメージです。
矯正治療におけるMFTの役割
MFTは矯正のどのタイミングでも有効ですが、段階によって役割が異なります。
- 矯正前
→ 舌癖や口呼吸などの悪習癖を評価し、必要に応じて改善をスタート - 矯正中
→ 歯の移動と並行して正しい舌位や嚥下パターンを習得 - 矯正後(保定期間)
→ 後戻りを防ぐため、筋機能を安定させる
この流れを守ると、治療後の安定性が格段に高まります。当院では、患者様の治療方針で異なりますが、矯正前にMFTを開始する場合が多くあります。
MFTは意味があるのか?
患者さんや保護者の方から、度々ご質問をいただきます。
「MFTって本当に必要なんですか?矯正だけじゃダメなんですか?」
結論から言えば、MFTには十分な意味があります。
学的根拠
- 口呼吸や舌突出癖がある場合、舌圧や口唇圧が歯列に影響することは複数の研究で報告されています。
- 矯正治療単独よりも、筋機能療法を併用した方が後戻りのリスクが減るという報告もあります(Hanson & Mason, 2003; Graber et al., 2016)。
臨床的意義
- 筋肉の使い方を変えることで、歯や顎にかかる力の方向が変わる
- 咀嚼・嚥下・発音など、歯並び以外の機能面にも改善が見られることがある
- 成長期では顔貌や顎骨発育への好影響も期待できる
限界と誤解
- MFTは魔法ではありません。
→ 骨格的なズレや重度の歯列不正は、矯正や外科治療が必要です。 - 独学や誤った方法では、十分な効果が得られないどころか逆効果になることもあります。
- 成功には継続と専門家による正しい指導が不可欠です。
まとめ
- MFTは舌・唇・頬などの筋肉の正しい使い方を習得する訓練
- 矯正治療だけでは筋機能の問題は解決できないことがある
- 矯正とMFTを組み合わせることで、後戻りを防ぎ、機能的で美しい歯並びが長く続く
当院には、MFTについて体系的に学び、実践経験を積んだ歯科衛生士が多く在籍しています。
そのため、矯正治療中・後の患者さん一人ひとりの癖や筋機能に合わせたオーダーメイドのトレーニングが可能です。
「自己流でうまくいかない」「ちゃんとできているかわからない」という方も、安心してご相談ください。
矯正治療を成功に導くために、MFTという選択肢を知っておきましょう。