「歯周病」と聞くと、多くの方は「歯ぐきが腫れる病気」「歯が抜ける原因になるもの」といった、お口の中だけの問題をイメージされるのではないでしょうか。もちろん、それも正しい認識です。しかし近年の研究によって、歯周病の影響はお口の中にとどまらず、糖尿病や心臓病、さらには認知症まで、全身のさまざまな病気と深く関わっていることが明らかになってきました。
1990年代後半、アメリカで「Floss or Die(フロスをするか、死を選ぶか)」というキャッチフレーズが生まれたことをご存じでしょうか。少し大げさに聞こえるかもしれませんが、これは歯周病が命に関わる全身疾患と結びついていることへの警鐘でした。以来、「ペリオドンタルメディシン(歯周医学)」という学問分野が確立され、世界中で歯周病と全身の健康に関する研究が精力的に進められています。日本歯周病学会も2025年に最新のエビデンス集『歯周病と全身の健康2025』を発刊し、国内でもこの分野への関心はますます高まっています。
今回は、歯周病と全身の健康の「意外な関係」について、最新の研究結果も交えながらわかりやすくお伝えしたいと思います。ご自身やご家族の健康を見直すきっかけにしていただければ幸いです。
歯周病は「国民病」 — 実はこんなに多い患者さん
まず、歯周病がどれくらい身近な病気かを知っていただきたいと思います。
厚生労働省が実施した令和5年(2023年)の患者調査によると、歯周病(歯肉炎および歯周疾患)で治療を受けている方の数は約1,135万人にのぼります。前回調査(令和2年)の約860万人から大幅に増加しており、歯周病の患者さんは年々増えている状況です。
さらに、令和4年(2022年)の歯科疾患実態調査では、15歳以上の方のうち歯周ポケットが4mm以上(やや進行した歯周病の目安)の方は約47.9%、つまりおよそ2人に1人が歯周病にかかっている計算になります。25〜34歳の若い世代でも約32.7%の方に歯周病が見られ、決して高齢者だけの問題ではありません。
こうした背景から、厚生労働省は2024年度以降、歯周疾患検診の対象年齢に20歳と30歳を新たに追加する方針を示しました。若いうちから歯周病に気をつけることの大切さが、国の施策にも反映されるようになったのです。
なぜ歯周病が全身に影響するのか? — 2つのルート
歯周病が全身の健康に影響するメカニズムを理解するうえで、まず押さえておきたいのが「細菌が体内に広がる2つのルート」です。
血管を通るルート: 歯周病によって歯ぐきに炎症が起こると、歯周ポケットの内部は小さな傷(潰瘍)だらけの状態になります。中等度の歯周病の場合、この炎症の面積を合計すると約72cm²、大人の手のひらほどの大きさになるとも言われています。この傷口から歯周病菌や炎症性物質が毛細血管に入り込み、血流に乗って全身のあちこちに運ばれていきます。
気管を通るルート: もうひとつは、誤嚥(食べ物や唾液が誤って気管に入ること)によって歯周病菌が肺に到達するルートです。特にご高齢の方に多い誤嚥性肺炎は、この仕組みによって引き起こされます。
歯周病は慢性的な病気ですので、こうした細菌の侵入は一度きりではなく、治療しない限り毎日のように繰り返されています。日々の歯みがきや食事のたびに、少しずつ菌が体の中に送り込まれている状態です。この「慢性的な炎症」こそが、全身のさまざまな病気の引き金になると考えられています。
歯周病と糖尿病 — 切っても切れない「悪循環」の関係
歯周病と関連する全身疾患の中で、最も研究が進んでいるのが糖尿病との関係です。
歯周病菌や炎症性物質が血流を通じて全身に広がると、膵臓から分泌されるインスリンの働きが弱まり、血糖値のコントロールが難しくなります。一方、糖尿病の状態では唾液の分泌が減少し、免疫力も低下するため、歯周病菌が繁殖しやすくなり、歯周病が悪化します。
つまり、歯周病が糖尿病を悪化させ、糖尿病がさらに歯周病を進行させるという「負のサイクル」が生まれてしまうのです。糖尿病は現在、歯周病の合併症(併存症)の一つとしても位置づけられています。
ここで重要なのは、この悪循環は片方を治療することで断ち切れるということです。実際に、歯周病の治療を行うことで血糖値が改善したという報告は多数あります。食事療法や運動療法で糖尿病がなかなか改善しない場合に、医科から歯科へ紹介されて歯周病治療を行い、血糖コントロールが良くなったケースも増えています。
糖尿病をお持ちの方はもちろん、血糖値が気になり始めた方にも、ぜひお口の健康を見直していただきたいと思います。なお、厚生労働省は国民健康づくり運動「健康日本21」において、健康のための改善目標の中に「歯の健康」と「糖尿病」の両方を掲げています。この2つが同時に取り上げられていること自体が、両者の深い結びつきを物語っていると言えるでしょう。
歯周病と心臓・血管の病気 — 動脈硬化や脳梗塞のリスクにも
歯周病が動脈硬化のリスクを高めることも、多くの研究で示されています。歯周病にかかっている方は、そうでない方に比べて動脈硬化性疾患を発症するリスクが1.5〜2.8倍高いとの報告があります。
その理由は、血管を通じて全身に広がった歯周病菌や炎症性物質が、血管の内壁に炎症を引き起こし、動脈硬化を進行させるためです。動脈硬化自体も慢性的な炎症であり、歯ぐきの慢性炎症と互いに影響し合って、炎症を強め合ってしまうことがわかっています。
脳梗塞との関連も指摘されており、歯周病のある方はそうでない方と比較して、脳梗塞の発症リスクが約2.8倍高いという報告もあります。また、心臓の弁に歯周病菌が付着して感染性心内膜炎を起こすケースがあり、この病気で亡くなった方の心内膜を調べたところ、原因菌の約4割が口の中の細菌だったというデータもあります。
お口の健康を守ることが、心臓や血管の健康を守ることにもつながる。この事実は、もっと多くの方に知っていただきたいと思います。

歯周病と認知症 — 最新研究が示す驚きの関係
近年、特に注目を集めているのが、歯周病とアルツハイマー型認知症の関連です。
アルツハイマー型認知症は、脳内にアミロイドβ(ベータ)というタンパク質が蓄積することで進行する病気です。このアミロイドβの蓄積は、発症の20年以上前、つまり40代後半頃から始まっていると考えられています。
九州大学の研究グループは2020年に、歯周病菌の一種であるジンジバリス菌(P.g菌)を投与したマウスの脳内でアミロイドβが増加し、記憶障害が引き起こされることを明らかにしました。さらに、歯周病菌によってカテプシンBという酵素が活性化され、それがアミロイドβの生成・蓄積を促進するメカニズムも解明されています。
また、国立長寿医療研究センターの研究では、慢性歯周炎のある方はない方に比べて認知機能が低下していること、台湾で行われた約1万人規模の10年間の追跡調査では、慢性歯周炎のある方のアルツハイマー病発症リスクが1.7倍高いことが報告されています。
さらに興味深いことに、歯周病菌の毒素を中和する薬を投与した臨床試験(GAINトライアル)では、もともと歯周病菌への感染が見られた患者さんにおいて、認知機能低下の速度が30〜50%抑えられたという結果も得られています。
歯周病が重症化しやすい40〜50代からしっかりと口腔内の管理を行うことが、将来の認知症予防につながる可能性がある。これは非常に大きな意味を持つ発見です。
ちなみに、歯を失うこと自体も認知症リスクに関わっています。65歳以上を対象とした調査では、歯がほとんどなく入れ歯やインプラントも使用していない方は、歯が20本以上残っている方と比べて認知症になるリスクが1.9倍高いという報告があります。歯を失う最大の原因が歯周病であることを考えると、歯周病を予防して自分の歯を守ることが、脳の健康を守ることにも直結していると言えるでしょう。
そのほかにも — 歯周病と関連が指摘されている病気
歯周病との関連が研究されている全身疾患は、上記だけにとどまりません。
誤嚥性肺炎: ご高齢の方の死亡原因として多くを占める誤嚥性肺炎は、口の中の細菌が気管を通じて肺に達することで発症します。日常的な口腔ケアが肺炎予防に有効であることが複数の研究で示されています。
早産・低体重児出産: 歯周病によって産生される炎症性物質が血液中に入ることで、早産や低体重児出産のリスクが高まることが報告されています。その影響の大きさは、タバコやアルコールによるリスクの約8倍とも言われており、妊娠中のお口のケアがいかに大切かがわかります。
関節リウマチ: 歯周病菌、特にP.g菌が産生するシトルリン化タンパク質が関節リウマチの発症に関わっていることが多くの研究で示されています。歯周病の方は関節リウマチのリスクが高いことも明らかになっています。
骨粗鬆症: 歯周病による炎症性物質が全身の骨の代謝に悪影響を及ぼし、骨粗鬆症との関連も指摘されています。
がん: 膵臓がんや大腸がんとの関連も研究が進んでいます。歯周病菌の一種であるフソバクテリウム・ヌクレアタムは、大腸がんの発生に関与している可能性が示唆されています。また、唾液中の細菌が腸に到達し、腸内細菌のバランスを乱すことでがん化につながる可能性も指摘されています。
歯周病を予防して全身の健康を守るために
これまでお伝えしてきたように、歯周病は単なるお口の病気ではなく、全身の健康に深く関わる「慢性疾患」です。逆に言えば、歯周病をしっかり予防・治療することで、全身のさまざまな病気のリスクを下げられる可能性があります。
そのために、ぜひ心がけていただきたいことをお伝えします。
まず、毎日の丁寧な歯みがきが基本です。歯と歯の間や、歯と歯ぐきの境目に歯垢(プラーク)が残りやすいため、歯ブラシだけでなくフロスや歯間ブラシも併用して、すみずみまでケアすることが大切です。日本では「歯みがき=歯だけ磨けばよい」と考えている方がまだ多いのですが、歯周病予防の観点では、歯ぐきとの境目のケアがとても重要です。歯ブラシや歯間清掃用具の選び方、みがき方のコツも、以前と比べて随分変わっています。ぜひかかりつけの歯科医院で、ご自身に合ったセルフケアの方法を確認してみてください。
次に、定期的な歯科受診をおすすめします。歯周病は「沈黙の疾患」とも呼ばれるほど自覚症状が乏しく、気づかないうちに進行していることが多い病気です。痛みがないからといって安心はできません。歯ぐきの出血や腫れ、口臭、歯が長くなったように感じる、歯がグラグラするなど、少しでも気になる症状があれば、早めにご相談ください。
また、生活習慣も歯周病に大きく影響します。喫煙は歯周病の最大のリスク因子の一つであり、喫煙者は非喫煙者に比べて歯周病にかかりやすく、治療効果も出にくいことが知られています。禁煙はお口の健康だけでなく、全身の健康にもつながる大きな一歩です。さらに、バランスの取れた食事、十分な睡眠、ストレスの管理なども、免疫力を維持し歯周病を予防するうえで大切な要素です。
そして、歯周病は一度治療したら終わりではなく、再発しやすい病気でもあります。治療後も継続的なメンテナンスを受けることで、健康な状態を維持することができます。専門的なクリーニングやチェックを定期的に受けることが、長期的なお口の健康、ひいては全身の健康につながります。

おわりに
お口の健康は、全身の健康への入り口です。
「たかが歯ぐきの腫れ」と軽く考えず、日々のケアと定期的な検診を通じて、お口の中を清潔に保つこと。それが糖尿病や心臓病、認知症など、全身のさまざまな病気のリスクを減らすことにもつながります。
当クリニックでは、歯周治療の専門的な知識と技術をもとに、お一人おひとりの状態に合わせた丁寧な治療とケアを行っております。お口のことで気になることがございましたら、どうぞお気軽にご相談ください。